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「いい湯かな?」


 コロナの状況が落ち着いてきたこともあり、先日、久しぶりに定山渓温泉に行ってきました。日帰りでしたが、眼下を流れる豊平川を眺めながら露天風呂に入っていると、日頃の疲れが癒されていく感じがしました。一方、「ぬるま湯に浸かる」という表現もあるように、安楽な現状に甘んじて、呑気に過ごしていると、足元をすくわれることがあります。


 紀元前10世紀、古代イスラエル王国2代目の国王・ダビデは、周辺諸国との戦いに勝ち続け、油断しました。王宮の屋上を歩いていたダビデは、水浴びをしている美しい女性を眼下に見てしまいます。そこでダビデは不倫の罪を犯し、女性は妊娠します。さらにその女性の夫を、隣国との戦いの最前線に送りこんで、殺してしまうという殺人の罪も重ねました。


 聖書にはこのようなスキャンダルも隠さずに書かれています。当時のイスラエルで不倫や殺人の罪は、死刑にあたるものでした。預言者(神の言葉を預かる者)にその罪を指摘された後、真の神に立ち返ったダビデは、次のように神に祈っています。


 「私の咎(とが)を 私からすっかり洗い去り

 私の罪から 私をきよめてください。・・・

 ご覧ください。私は咎(とが)ある者として生まれ

 罪ある者として 母は私を身ごもりました。」 (詩篇 51篇2、5節)* 


 現代でも不倫のスキャンダルで芸能人や政治家が、バッシングを受けます。職場でセクハラや男女問題によって、罪責感に心を痛めている方がいらっしゃるかもしれません。その場合、どのように回復したらよいでしょうか。


 その後、ダビデに生まれた息子は死にましたが、ダビデは過ちを認め、正直に神へ告白して神に赦(ゆる)されました。一定の責任は引き受けざるを得なかった中でも、裁きから赦しへの転換がここにあります。仕事のミスを上司に素直に報告し、赦されると嬉しいものです。温泉で体の汚れを洗い去るように神の赦しは罪をきよめ、傷ついた心を癒します。皆さんもぜひ、この「赦しの温泉」にじっくり浸かってみてはいかがでしょうか。


*聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会


(2023年 通巻449号)

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