「アニメから平和を考える」
- 7月25日
- 読了時間: 2分
<世界中で人気を集める日本のアニメ。世界的にも成長が期待される
一大産業だ。そんな中、慶応大学が「アニメ平和学」という独自の研究
分野を打ち出している>という記事が、先日の新聞に載っていました
(2026.6.3朝日新聞)。その記事にも出てきた「新世紀エヴァンゲリオ
ン」というアニメは、昨年が放送 30周年でした。アニメの歴史に興味
を持った筆者は、過去に一大ブームを巻き起こした、この一連の作品に
挑戦しました。そして平和について、考えさせられました。
中学2年生のシンジが、このアニメの主人公です。彼は幼い頃、母を
亡くし、葛藤のある父に呼ばれ、「エヴァンゲリオン」というロボット
に乗り込みます。敵と戦う理由がよく分からぬまま、父親に認められた
いという「承認欲求」が前面に出てきます。ちなみにこのアニメの中
に、キリスト教的な用語がたくさん出てきますが、聖書と特に関連性は
ありません。それでも筆者は、新約聖書の中の手紙の一節を思い出しま
した。
~私たちはあなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨を
知らせましたが、それは、巧みな作り話によったのではありません。私
たちは、キリストの威光の目撃者として伝えたのです。この方が父なる
神から誉れと栄光を受けられたとき、厳かな栄光の中から、このような
御声がありました。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜
ぶ。」~ (ペテロの手紙 第二 1章 16-17 節)*
この手紙の著者・使徒ペテロは、イエスが父なる神から愛され、喜ん
でいる姿を、実際に目撃しました。イエスが神の子として、父との完全
な平和があったことを伝えます。「エヴァンゲリオン」のシンジは最
後、父親との戦いの中で、友人たちや亡き母を仲介者として、父親との
和解に導かれます。私たちはイエス・キリストと出会うことによって、
父なる神との平和を得ます。承認されるために、何か特別なことをする
必要はありません。信仰によって私たちもまた神の子とされる、と聖書
は語ります。そして父なる神との平和は、世界の平和へとつながってい
くのです。
*聖書 新改訳 2017©2017 新日本聖書刊行会
(2026 年 通巻 517 号)




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