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「コンビニの深夜営業が問いかけること」


 新年度、政府は「働く人の個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、個々の労働者がより良い将来の展望を持つこと」を目指して働き方改革を始めました。その中で、大阪のコンビニのオーナーは24時間営業の見直しについて問いかけました。その背景には、そのオーナーの妻が1日16時間働いたことで過労死し、その後も人手不足のために深夜営業の継続が困難になったことがあり、さらに本部との契約違反を問われて1700万円の違約金を求められている、という悲痛な訴えがありました。その後、この問題は和解の方向に進み、開店時間を三段階に設定して試行検討中とのことです。本部の見解では、「深夜に店を閉めると客が離れ、他の時間帯の売上が減る」ということですが、事態の改善に期待したいものです。この問題に対して、ある新聞の読者欄に以下の意見が掲載されていました。「利便性が制限されても、必ず違う形でカバーできるはずだ。夜中にしか買い物が出来ない勤務体系なら、事前に買い物を済ませておいたり、買い置きしたりと工夫の余地がある。一度手に入れた便利さを何が何でも手放さないという自己中心的な主張がまかり通っている限り、より豊かな社会は実現しない」。皆様はどのように考えられるでしょうか。コンビニが世に出た頃の営業時間は、「午前7時~午後11時」だったと記憶しているのですが…。

 

 

聖書は世界の創造について、「神は仰せられた『光あれ。』すると光があった。神は光を良しと見られた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。」(創世記1章)として、万物の営みには秩序があることを教えています。また神は、本来自分の所有でなかった物を強く欲しがることを「貪欲」であると戒めています。緊急時の医療や災害時は別としても、秩序に反した利便性を欲する際には何らかの代償が伴うように思われます。昨年の大地震の時、これまで当然としていた便利さは失われましたが、互いに物を譲り合い、助け合って緊急時に対処することの大切さを学びました。神の定めた秩序に思いを巡らしてみてはいかがでしょうか。人間がどのように生きるべきか、その道しるべとなる神のことばである聖書を、ぜひ一度お読み下さいますことをおすすめします。

 

#(2019年 通巻367号)

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