この春、研修を終えて職場に配属されたある新人が一週間もたたないうちに、職場に出てこなくなりました。辞めるつもりのようです。厳しい就職戦線をくぐり抜けて来たはずなのに、一体どうしてしまったのでしょうか。
この件は私の職場の別のセクションのことなので詳しい原因は分かりませんが、若者が仕事を辞める原因の一つに、「自分に合っていない」「自分のやりたい仕事と違った」という「ミスマッチ」があげられることがあります。今日はこの「自分に合っていない」つまり適性の問題を取り上げてみます。
聖書を読むと、私たちは神によって一人ひとりがユニークな存在として造られたかけがえのない存在であることが分かってきます。関係のある聖書の言葉を一部引用します。「あなた(神)の御手は私を形造り、造られました。」(ヨブ10:8) 「わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
実際に、ある調査によると私たちにはそれぞれ一人一人の人に例外なく平均して500から700もの異なった才能や能力が与えられているそうです。折衝、管理、企画、緻密さなどといった仕事に身近なものから、音楽、スポーツ、文章、園芸など生活に関連するものまで、さまざまなものがあげられると思います。
ところが、私たちはその一部にしか気付いていません。しかし、職場でいろいろな仕事をさせられるうちに、「自分にはこういう適性(才能)があった」と気付くことがあるものです。
聖書によると、私たち一人ひとりに神は目的を持っておられ、その目的を果たすための能力を与えられています。そのような人間本来の多様性を無視すると人事は失敗するでしょうし、自分自身に対する見方も誤ることになります。
このことに気づくと、自分にはできないとあきらめる前に、チャレンジしてみる勇気がわいてきます。その結果、新たな才能を発見できたら、何かができた、と言って自分を誇るのではなく、その才能を与えてくださった神様に感謝することができるようにもなります。
(2012年 通巻 52号)
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