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「咄嗟(とっさ)の祈り」

 仕事をしている時や普段の生活の中で、何か困ったことが起きて心の中で瞬間的に「助けて!」と叫びたくなることはないでしょうか?筆者は医療関係の仕事に従事しており、そのようなことがよくあります。どのような仕事をしていても、また仕事をしていない方でも、誰でも経験したことがあるのではないかと思います。

 先日、日曜日の教会学校で「何か困ったことがあって助けられた経験はありますか?」という質問が出た時に、とある児童が自分の経験談を話してくれました。その児童は以前、両親に連れられて両親の知人の結婚式に参加するために知らない土地のとある教会に一緒に行ったそうです。そこで地元の子供と一緒に外で遊んでいる間に、遊んでいた子供とはぐれてしまい、迷子になってしまったとのことでした。

 知らない土地でたった一人、初めて訪れた教会へ戻る道もわからず、とても心細かったに違いありません。どうしたらいいかわからずに動くこともできず、泣き出してしまってもおかしくないかも知れません。しかしその児童は、心の中で「神様、助けてください!」と短いお祈りをしたそうです。すると、普段はおとなしい性格で知らない人に声をかけることなどできないようなその児童が、通行人の大人に「助けてください!」と声を出して助けを求めることができました。そして、「どうしたの?」と立ち止まってくれた大人に対して、「●●教会に連れて行ってください!」と、的確にお願いをすることができたそうです。大人の方がその教会の所在地を知っていたのか、それとも検索してくれたのかは定かではありませんが、親切にも教会に連れて行ってくださり、両親のもとへ戻ることができたのでした。

 私はこの話を聞いて、助けられて良かったということだけではなく、神様に祈って助けを求めることによって自分自身にも力が与えられて行動に移すことができたということに、とても感銘を受けました。

 私たちの信じる、聖書に記されている神様は、都合の良い時にだけ助けを求めてそれを叶えてくれるというような「御利益宗教」では決してありません。しかし、いつも私たちと共にいてくださり、私たちが本当に困って咄嗟(とっさ)に「助けてください!」と祈る時に、それをいつも聞いていてくださり、御心であれば不思議な力をも与えてくださるお方なのです。

「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。」(詩篇121篇1,2節)


#(2019年 通巻366号)

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