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「基本の基に立ち返るpart2-記録をとる」


 もう10年以上の前の話になりますが、筆者が職場で働き始めて最初に教えられたことは、メモを取ることでした。何もかも新鮮な、社会人1年目。覚えることが多く、必死に業務に当たっていた私は、教えられることに耳を傾けるだけで精一杯でした。聞き漏らしてはならない。そう思いながら、食らいつくように先輩の言葉に注意を向けていた時に与えられたのが、「教えられたことはメモを取れ」というアドバイスでした。

 メモをとる。記録をとる。このこともまた、働く中で基本の基と言えるでしょう。会議では議事録を作成します。電話もメモを取りながら応対します。契約は必ず書面に残します。その時は話の内容が理解できていたとしても、数時間後にはうろ覚えになり、時間が経てば経つほど記憶が曖昧になってしまうのが私たちの常です。慌ただしく働いていると、起こったことすら記憶から抜け落ちてしまうこともあります。だからこそ、記録をとることは将来のためにも必要です。

 「あなたは巻物を取り、わたしがあなたに語った日、すなわちヨシヤの時代から今日まで、わたしがイスラエルとユダとすべての国々について、あなたに語ったことばをみな、それに書き記せ。」(エレミヤ書36章2節)

 聖書はまさに記録の書です。2000年以上前に語られたことばが今も残されている背景には、忠実にことばを記録した当時の人たちの姿があります。聖書は、神が人間に語られたことばで満ちています。どのように生きるべきかを指し示すことばです。神はそのことば一つ一つを記録に残すことを命じました。当時の人だけではなく、後の世代にもはっきりと伝わるようにするためです。このことばは、あなたにも向けられています。この内容について何が書き記されているかを、ぜひ知って頂きたいと思います。


 また、記録をとる・ことばを書き記すことは、決してないがしろにされてはならない働きであることも聖書は教えています。様々な場で書記という記録係が存在しますが、雑用として扱われてはいないでしょうか。記録を担う者は後の世代にも起こっていたことを伝える働きをしており、忠実さが求められます。とても大切な役割です。ぜひとも記録をとる方の労をねぎらって頂きたいと思います。

(2021年 通巻413号)


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