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「完璧な仕事以上のすばらしい仕事」


 筆者が幼かったときのことを語らせていただきます。私が3歳の頃、有名なテーマパークへ家族旅行したときのことです。そこはとても楽しくて、広くて、そして隅々まで清掃が行き届いている、夢のような場所でした。  パーク内で、親がスナック菓子を私に買ってくれました。私はそれが嬉しくて、そのスナック菓子を自分で持って歩くことにしました。私は親と手を繋いでいたので、片手でそのスナック菓子を持つことになりました。すると、手が小さかった私は、歩いている途中でそのスナック菓子の入った箱を落としてしまったのです。家族の中で一番小さかった私が落としたので、私以外の家族は誰もそのことに気づきませんでした。手を繋いで歩きながらのことだったので、そのまま落ちた箱から何歩か離れてしまいました。「お菓子が落ちちゃった」と親に言おうとしたその時です。なんと、一人の清掃員のお兄さんが、私が親に言うよりも早く、そのスナック菓子の入った箱をちりとりで回収してしまったのです。それを見た私は大泣きしてしまいました。  今思うと、そのお兄さんにとって、その箱は落とされたゴミにしか見えなかったはずです。そのお兄さんはパークの清潔を保持するために、多くの人がそのゴミを認識する前にすばやく回収する、という完璧な仕事をしたのだと思います。しかし、3歳の私にとって、そんなことを理解することはできませんでした。  すると、そのお兄さんは大泣きした私にすぐに気づいてくれました。そして私に近寄って、私と同じ目線まで低くなって、「本当にごめんね」と何度も謝ってくれました。そして、そのお兄さんは私たち家族をお菓子が売っている出店まで導き、なんと新しくそのスナック菓子を私に買ってくれたのです。私は一気に泣き止み、嬉しくて仕方がなくなったことをよく覚えています。このお兄さんの姿が、私の思い出となりました。そのときから何十年も経った今でも、忘れたことがありません。  聖書には次のような言葉が書かれてあります。  「最後に言います。みな、一つ思いになり、同情し合い、兄弟愛を示し、心の優しい人となり、謙虚でありなさい。」(ペテロの手紙第一3章8節)  そのお兄さんは、完璧な仕事をするだけに終わらず、この聖書の言葉のように、心優しく謙虚になって3歳の幼子に対応してくれたのです。この聖書の言葉を実践して働くならば、完璧な仕事以上の、人にいつまでも忘れない感動を与えられるような、すばらしい仕事ができるのだと、この思い出から教えられています。                              #(2019年 通巻368号)

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