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「巨人のいる世界」


 「巨人」と言ってもプロ野球ではなく、漫画の話です。昨年の11月、NHKでアニメ『進撃の巨人』が最終回を迎えました。社会現象にまでなったダーク・ファンタジーで、原作漫画は2021年に完結しており、筆者は読破に向けて挑戦中です。世界観が緻密に設定され、罪の問題が正面から扱われ、なかなか奥深いと思いました。


 主人公のエレンは、高い壁に囲まれた国に住んでいました。ある日、突然、巨人によって壁が破られ、侵入してきた巨人にエレンの母親が食い殺されます。エレンは兵団に入り、人類の敵・巨人達を駆逐することに執念を燃やします。しかしエレン自身に巨人化する能力があることが分かり、絶対悪と思われていた巨人達の正体が徐々に明らかになっていきます。さらに壁の外にも敵がいて、隣国との戦争や民族問題が絡み、主人公は自分の民族以外をすべて巨人達によって滅ぼすという選択をします。


 旧約聖書の中にも巨人が登場します。古代イスラエル王になったダビデは、少年の時、隣国ペリシテとの戦争中、3m級の巨人ゴリヤテと対戦しています。純粋な信仰で、イスラエルの神に信頼し、見事、巨人を打ちとります。その後も戦いに勝ち続け、紆余曲折の末、イスラエル王に就任します。しかし、ダビデも罪を犯し、実の息子が反乱を起こし、息子の死に直面します。ダビデの罪のために、イスラエルに疫病が流行り、7万人が死んだこともありました。


 『進撃の巨人』という作品は「人の原罪と国家の原罪を描く神話だ」と、社会学者の宮台真司氏は語ります(2022年「進撃の巨人という神話」)。原罪とは人が生まれながらに持っている罪のことです。人の善悪判断は相対的で、間違いを犯します。新約聖書でたくさんの手紙を書いたパウロは、次のように告白しています。


 「私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っています。

 私が自分でしたくないことをしているなら、それを行っているのは、

 私のうちに住んでいる罪です。」  (ローマ人への手紙7章19-20節)*


 巨大な悪に結びついてしまう原罪は、どのように扱ったらよいのでしょうか。それが聖書に書かれています。ぜひ聖書の世界観に触れてみてください。


*聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会

  (2024年  通巻468号)

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