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「平和の祭典とナショナリズム」


 今年の2月20日に北京冬季オリンピックが終わり、2月24日にロシアがウクライナに侵攻しました。連日のニュースに心が痛みます。同じようなことが8年前にもありました。2014年2月、ソチ冬季オリンピックが終わり、3月にロシアがウクライナ内のクリミア自治共和国に侵攻したのです。その直前、ウクライナで、親ロシア派の政権が倒れ、親EU派の政権が誕生したことに原因がありました。オリンピックで国家意識やナショナリズム(民族主義)が盛り上がったタイミングを狙って、侵攻を開始したのではないかという見方もできます。1896年から始まった近代オリンピックは「平和の祭典」と呼ばれますが、ナショナリズムを焚き付けて、国威発揚のために利用される危険があります。


 あまり馴染みのない地域なので、地図帳を開いてみました。ソチは黒海に面した、ロシアの保養地です。ウクライナの首都キーウ(キエフ)市内を流れるドニプロ川(ドニエプル川)は黒海に注いでいます。この黒海にはウクライナ・ロシア・ジョージア・トルコ・ブルガリア・ルーマニアといった国々が面し、その北部にクリミア半島が突き出しています。歴史上、多くの戦いが繰り広げられてきた複雑な地域でもあります。この地での戦争の背景には、各民族のナショナリズムがありました。


 ナショナリズムはいつ頃からあったのか、という議論があります。大昔からあるという立場と、近代になって生まれたという立場があるそうです。専門家の間でも色々な意見に分かれています。新約聖書には次のような言葉がありました。


 「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、あちこちで飢饉と地震が起こります。しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりなのです。」(マタイの福音書24章7-8節)


 これはイエスが弟子たちに語った言葉です。弟子たちは「世が終わる時のしるし」についてイエスに質問しました。聖書の歴史観では、始まりと終わりがあるため、終わりの時のしるしについての記述があります。民族紛争は繰り返され、21世紀になっても戦争は起こり、どうしたらよいか分からなくなります。ウクライナ問題でも色々な情報があり、惑わされそうになります。そのような時、平和を祈りつつ、2000年以上も変わらない、聖書のことばに耳を傾けてみてはいかがでしょうか。平和へのヒントが隠されていると思います。

(2022年 通巻424号)

 

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