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「怒るのに遅く」


 私はある私立学校で教員をしておりますが、今年度から管理職となり、仕事の内容が大幅に変わりました。授業のコマ数が3分の1になり、その代わりに他校の管理職が集まる会合への参加や、教育関連団体の方たちとの面談、職場内の会議の進行が大半を占めるようになりました。職場外の方たちとの会合や面談は、新しい考えに出合う機会でもあるので刺激的で楽しいのですが、大変なのが職場内の会議の進行です。学校という職場は新しい考え方に対する抵抗が大きく、まとめるのが大変なのです。


 ある日の会議でのことです。カンボジアへの修学旅行の事前学習として、生徒たちがものを売り、その売上金をカンボジアの支援団体に寄付する、という案が委員会から出されたのですが、4月に行われた保護者対象説明会では、そのような活動を生徒に行わせるということを話しておらず、保護者から反対が出るのではないかという意見が出ました。


 けれども生徒たちの中にはすでに活動を進めている班もあったので、保護者には次の説明会で活動の趣旨を理解してもらって謝罪するのはどうか、と私がまとめようとした時、「それじゃ、後出しじゃんけんじゃないか。生徒たちがすでに始めているから後には引けないという理由で案を通すなら、ギリギリに案を出して、強引に通すのと一緒じゃないか」と言った教員がいました。確かにギリギリに全体会に提案した委員会には非があるのですが、私はその委員会の教員たちが何度も話し合っているのを知っていたので、その言葉に腹が立ち、「何も彼らは、自分たちの案を強引に通すためにわざとギリギリまで待っていたわけではない」と声を荒げてしまいました。


 聖書に次のような御言葉があります。「だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。人の怒りは神の義を実現しないからです(ヤコブの手紙1:第1章1節)」。私は、いつも感情的になった後でこの御言葉を思い出し、その度に反省します。いい加減、成長したらどうかと思います。これを読んでいる方たちで同じ経験をしたことのある方もいると思います。怒りの感情が湧き上がってきたら、まず一呼吸おいて負の感情が収まるのを待ってから、穏やかに意見を述べるようにしたいものです。


#(2019年 通巻373号)

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