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「私たちに同情してくださる方」


 私は人生の後半と言っても良い時期に、新たな事業に従事することになりました。それは、子どもたちの心と体の必要に応じるものです。子ども相手ですから、体力と気力が必要です。

 ですから、若く、気力が充実した時期に、始めることが出来ると良かったのにと思うこともありました。しかし、私にとってはちょうど良い時期だったのだと今は思います。


 小さな子どもの必要に応じるには、その子の目線に立たなければなりません。3歳なら3歳の、15歳なら15歳の傾向を理解して・・・、というだけでは足りません。その子の成育歴、心理面だけでなく、それまでに経験した痛みや苦しみも含めて、その子を極めて個別的に理解する必要があります。

 とは言っても、人の心がそう簡単に理解できるものではありませんし、子どもとて、秘密の部分を多く抱えているものです。痛みを経験した子どもはなおさらその傾向が強いように思います。


 しかし、子どもたちと同じ目線に立つ努力を続ける中で、少しずつ子どもたちは自分の心の内を語ってくれるようになります。

 元々自分はすぐに高慢になりやすい傾向がありました。今はそんなことは無いと言えば嘘になりますが、神様はそのような私を少しずつ変えてくださいました。子どもに仕えるには、まず自分を低くしなければなりません。若く、気力が充実した時では、まだそのあたりの準備が出来ていなかったのだと思います。

 「私たちの大祭司(イエス・キリスト)は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。」(ヘブル4:15)


 「すべての点において・・・」十字架の上で私たちの全ての罪を担って苦しまれたイエス様は、私たち一人ひとりの痛みや苦しみを理解し、同情してくださる方です。

 自分の力不足を感じることも多いですが、本当の意味で私たちの目線に下りて、同情してくださる方に助けを求めつつ、子どもたちに向かうことができるのは大きな励ましになっています。

(2022年 通巻429号)


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