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「豪雪地帯で学べる処世術」


 今年の冬は記録的大雪が続くシーズンとなりました。いつまで積もり続けるのかわからない雪山を前に、筆者も恐る恐るハンドルを握りながら車を運転する日々が続いています。職場へ行く前の雪かき、職場でも雪かき、さらに家に帰ってからも…そのような方も少なくないでしょう。公共機関の混乱も重なって、町は車の渋滞。生活は一変し、思うように動けない日々に、苛立つ思いすら湧いてきてしまいます。


 一方で、このような豪雪地帯だからこそ目にすることができる光景があります。互いに道を譲り合って進む人々。雪で車が動けなくなったときに助け合う姿。たまたまそこで出会った人であっても、「我関せず」を貫くのではなく、気を配り合うお互いの心には温かみを感じます。

 「互いに愛し合うべきであること、それが、あなたがたが初めから聞いている使信です。」 (ヨハネの手紙第一 3章11節)

 愛について、聖書は多くのことを教えています。その時々に流されるような感情でもなく、感覚的なものでもなく、相手を大事に思う心であると。ある人は愛についてこのような言葉を残しました。「愛とは我々自身のいのちにとって価値あるものを、ほかの人のいのちのために差し出すことである。」

 約2000年前、この地上で多くの人の病も心も癒し、生きる希望を与え続けたイエス・キリストは、弟子たちに上述の聖書の言葉を残しました。「互いに愛し合うべきであること」、口先だけでなく、実際に人のために生きられたイエスは、人のためにいのちを捨てるという十字架の道さえも選ばれた方でした。イエスは自分のいのちをもって愛することを教え、互いに愛し合い、助け合う歩みにおいてこそ豊かな人生があると教えられたのです。

 私たちはこの豪雪地帯の中で、無意識にでも相手を思いやる心が備わっているように思います。その姿勢はまさに、聖書が遠い昔から私たちに教え続けている生き方です。あなたの職場や身の回りの人間関係には、互いに愛し合う関係があるでしょうか。自分のいのちにとって価値あるものを相手のために差し出す、そのような関わりが日常にあるでしょうか。仕事を手伝う。余裕がある時、自分が代わりに担う。自分のことばかりではなく、周りの人のことを顧みる歩みの先に、寒さに負けない温かさを心に抱く道があります。

(2022年 通巻419号) 


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