初めに、次の少しおかしな場面を想像していただきたいと思います。チャップリン映画の一場面のように思い浮かべていただくとよいでしょう。ある男が「助けるから待ってくれー」と言いながらある女性を追いかけています。女性の目には何かの問題があります。カメラがズームすると、その女性は目に入ったちりを取りのけようとしながら、男から逃げていることが分かります。次にカメラが男にズームすると、男の目の中には大きな梁(はり)があることが分かります。目の中に梁があるにもかかわらず、男はしつこく女性を追いかけて、「助けてあげるから。あなたの目にはちりが入っているのだよ。」と言います。
ちょっとユーモラスな場面ですが、これはイエス様が用いたたとえ話に基づいています。他の人を見て、その人の間違い、欠点などを指摘すること、その人を見下すことの危険性を示す大切な教えです。これは、自分の目にある梁に気がつかないのに、相手の目にあるちりに目をつけるようなことです。つまり、おかしなことです。イエス様の言葉を紹介します。
「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。 偽善者よ。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。」(マタイ7:1-5)
これは職場でも、家庭でも、大切なことです。これからは、他人を批判する前に自分を振り返って、批判できる立場なのかどうかを確かめていただきたいと思います。これは、言葉に出して批判する場合だけではなく、心の中で相手のことを批判することを含みます。心の中で相手のことを苦々しく思うと、自分の心を傷付け、相手に対する態度と行動に影響を与えるからです。
(2012年 通巻 62号)
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