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拓銀破綻から20年②

最終更新: 2018年2月27日



前回は20年前の北海道拓殖銀行の破たんをテーマに、組織の上に立つ人のあり方を考えました。今回は組織の下で働く人たちのことを考えます。  「たくぎん」の破たんの原因としては、当時、不動産投資などを積極的に行っていた行内部門の暴走を止められなかった組織の問題が上げられることがあります。  当時の行員の言葉です。「あの一派に入らなければ人にあらずという雰囲気だった。迎合しないで、人事で痛い目に遭うことが本当に怖かった」(「拓銀はなぜ消滅したか」1999年北海道新聞社刊)  「あの一派」というのは、当時その部門を率いていた責任者と、その責任者を重用していた一部の上層部を指します。「迎合」という言葉が示すように、問題を感じていても、これらの人々に物が言えない雰囲気があったことがうかがえます。結果として、この部門の莫大な損失が「たくぎん」破たんの大きな原因になったと言われています。  先ほどの行員の言葉には「迎合」「怖い」という言葉があります。問題が分かっていても、周囲を恐れて何も言えない。そのうちに自分も感覚がマヒして、自分でもおかしなことを行ってしまう。というのは勤め人なら多くの人が経験することかもしれません。  聖書にも同じような経験をしたパウロという人の言葉があります。「私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。」(ローマ7:19)

 正しく生きたいと思っても、正しく生きられない。かえって失敗ばかりしている自分・・・。このような自分を見ると落ち込むこともあります。先ほどのパウロも続けて「私は、ほんとうにみじめな人間です。」と言っています。  しかし、パウロの救いは、ここで自分以外に目を向けることでした。「だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。」  私たちがどんなにみじめな状態でも、そのような私たちを愛して、救い出してくださる方に目を上げることができることは幸いなことです。私もその恵みゆえに神様に感謝する者でありたいと願います。


#2018年 #通巻303号


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