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「三つ子の魂百まで」


 「三つ子の魂百まで」ということわざがあります。


 この言葉の意味には諸説あるようですが、「幼いときに子どもが育つ環境や経験は、その人の将来に大きな影響を与える」ということのようです。


 そこで家庭によっては、子どもが幼いうちから英才教育を施すところもあるようです。我が家では、自然の美しさや素晴らしさが分かる子どもになってもらいたいと思い、機会をとらえて子どもに自然とふれあう機会をつくってきました。


 というのは、以前に関りのあった子どもで、目の前に素晴らしい自然が広がっているのに、そのことが分からない。全く興味も無いという子どもがいたからです。幸い我が家の3歳の子どもは「きれいな桜だねー」「(森の中では)緑のトンネルだねー」などと、美しい自然に感嘆の声を発してくれます。


 私が自然の美しさが分かる子どもになってもらいたいと願ったのは聖書の次の言葉からです。


 「天は神の栄光を語り告げ 大空は御手のわざを告げ知らせる。」(詩篇19:1)


 ある本ではこの言葉についてこう説明しています。「神が創造された世界は、創造者である神の力と威光を隠す盾ではない。自然の秩序を見ると、全能で威光に満ちた神がそこにいるのは明らかである。」(「聖書教理がわかる94章」J・I・パッカー著)


 私は、自然の美しさや素晴らしさを通して神様の威光を見ることができるのであれば、日々の困難な仕事や難しい人間関係の向こうに、私たちを守り、導いてくださる神を見ることができると信じます。


 日々の仕事で忙殺されていると、いつの間にか自分の思いが良くない感情で占められてしまうことがあります。私は毎日聖書を読むようにしていますが、そんな時に聖書の言葉ではっと我に返ることが何度もありました。力と威光に満ち、自然の創造主である同じ神様が、小さな私にも目をとめてくださるというのは何と幸いなことでしょうか。


 幼子の将来に幸いあれと願い、自分にできる最善のことを伝えていきたいと思います。


#(2019年 通巻364号)

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