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「AI技術と平安と希望」

  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

 最近のAI技術の進展には目を見張るばかりです。以前は自分で時間をかけてネットや文献から調べなくてはならなかったものが、適切な指示をするだけであっという間に一定レベルの成果物が出来上がってしまいます。


 現在、私が従事している仕事は対人援助職ですが、以前に従事していた企画業務であれば、今のAIであれば概ね置き換わってしまうのではないかと思うレベルです。一方で人と直接対峙する対人援助業務は、AIの入り込む余地はないのかと思っていましたら、最近はAIが話し相手になってくれたり、悩み事相談にも乗ってくれるようで、対人援助業務でもある程度はAIに置き換わっていくかも知れません。


 それでは、AIに相談すれば、すべての問題が解決できるのかというと、そうではないでしょう。AIはネット上にある膨大な情報を瞬時に組み合わせるのには長けていますが、その人のことを愛し、その人の真の必要に合ったオーダーメイドの助けを与えてくれるものではないからです。聖書にはこのような言葉があります。


 「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ書29:11)


 ここでは「わたし自身」つまり、神様が私たち一人ひとりを愛し、平安を与える計画を持っておられること、そしてそれは私たちに最善の将来と希望を約束するものであるということが書かれています。


 私たちは、困った時に家族や友人、さまざまな社会制度を活用しながら生活していきます。今後はAIも重要な位置を占めるようになるでしょう。


 しかし、人は聖書の中にこそ真の平安や希望を見出すことが出来ると聖書は主張しています。私はAIを良き仕事のパートナーとして使いつつ、自分について最善の将来プランを持ち、私たちを愛し人生を導いてくださるという神様の約束に信頼して歩んでいきたいと思います。


(2026年  通巻510号)


 
 
 

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