「ナショナリズム再考」
- 2 日前
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今年の2月にアメリカとイスラエルが、イランを攻撃しました。4年前の2月には、ロシアがウクライナに侵攻しました(通巻424号参照)。背景には自国第一主義を掲げた、ナショナリズム(民族主義)の影響があります。日本でもナショナリズムが盛り上がってきているように見えます。
ナショナリズムでは、言語が中心的な地位を占めますが、宗教も大きな要素になります。イランでは、ペルシャ語が使われ、イスラム教シーア派が多数を占めており、その信仰に基づいた政治が行われています。アメリカではキリスト教が、イスラエルではユダヤ教が、大きな影響力を持っています。イスラエルに関するナショナリズムは、新約聖書の時代にもありました。
~使徒たちは、一緒に集まったとき、イエスに尋ねた。「主よ。イスラエルのために国を再興してくださるのは、この時なのですか。」イエスは彼らに言われた。「いつとか、どんな時とかということは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。~ (使徒の働き1章6-7節)*
これは、イエスが十字架にかかって死に、復活した後、イスラエル人である弟子(使徒)たちとのやり取りです。イエスの弟子たちは、イエスがイスラエルのために国を再興してくれることを期待していました。当時、イスラエルを支配していたローマ帝国からの独立を意味します。しかしイエスの語る「神の国」は、イスラエル人のためだけのものではありません。全世界に広まり、「終わりの時」に完成するものですが、いつ来るのかは書かれておらず、父なる神のみぞ知る、ということです。
「終わりの時」の考え方でも、宗教間で対立があります。ナショナリズムによる自己中心的な解釈は、さらなる事態の悪化を招いてしまいます。しかし、イエスは「剣を取る者はみな剣で滅びます」と語りました。対話の糸口はないものか、和解と一致を求めて、今後も聖書のことばに耳を傾けていきたいと思います。
*聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
(2026年 通巻512号)




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