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「リーダーシップの実践のために」

 「指揮官先頭」という言葉があります。これはリーダーシップの一つのあり方として、リーダーが先頭に立ち、模範を示して部下を導くこと、また、困難な状況でも逃げずに部下と労苦を共にすることで、部下の士気を高める意義もあるようです。

 私の職場では、近く業務に大幅な改編が予定されており、チームに大きな負荷がかかることが見込まれていました。私は在職年数から別の部署に異動となることは明らかでしたが、苦労を共にしてきた部下たちを置き去りにするのが忍びなく、上司に残留を申し出ていました。

 たとえ自分の後に優秀なリーダーが来たとしても、部下を掌握し的確な判断が出来るようになるまでは一定の期間を要します。急を要する中で部下たちが更に苦労をするのは明らかでした。

 結果として、私の残留は許されませんでした。しかし、部下たちはお別れの日に私を取り囲み、別れを惜しんでくれました。

 別れを惜しむ部下たちの言葉を聞いた後で、イエス・キリストの姿を思いました。イエス様は弟子たちと生活をする中で、弟子たちを教え、励まし、訓練しました。言葉だけで教えるのではなく、労苦を共にしながら模範を示し、人々を教え導いたのです。

 「イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕するところもありません。」(マタイ8:20

 さまざまな問題を抱えた弟子たちと生活し、教え導いたイエス様の姿に弟子たちへの深い愛情を感じます。聖書にはリーダーシップのあり方に関する知恵がたくさん書かれています。しかし人は弱いものです。実践しようとしてもなかなか出来るものではありません。

 私は部下を愛するということはどういうことなのか、以前はよく分からないでいました。今もよく分かっていません。しかし、私は知らず知らずのうちに、イエス様の模範に一部ではあっても、ならっていたのかも知れません。聖書は人を教えるだけではなく、信じる者には神様の霊が助け主として、その人のうちに働いてくださるという約束があります。

 私たちに先立って助け、導いてくださる聖書の約束に期待する者でありたいと願います。


#(2019年 通巻355号)

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