「神の最高傑作として」
- Masato Ujiie

- 2025年12月27日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年12月28日
先日、久しぶりに高熱を出して、寝込んでしまいました。新型コロナウイルスでもインフルエンザでもなく、自身の体力を過信して仕事を詰め込みすぎた結果、忙しさに体がついて来られず、体力が落ちたところにただの風邪を引いてしまったようでした。職場や家族のおかげで幸い仕事に大きな穴を空けることなく療養に集中できましたが、自分が思っているほどには体の無理がきかないことを思い知った出来事でした。
一方、世の中にはまるで疲れを知らないかのようにバリバリ働き、輝かしい実績を上げる人たちがいます。そんな人達を見るとき、心のどこかで羨み、自分と比較してしまうことはないでしょうか。「私はあの人のようにはなれない」「自分は代わりのきく存在ではないか」成果や数字で評価される世界に身を置いていると、どうしても「何ができたか」で自分の価値を測ってしまいがちです。
しかし、私たちの存在について、聖書はまったく別の視点を提示しています。
「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」
エペソ人への手紙2章10節*
ここで言う「作品」とは、名作、最高傑作というニュアンスをもつ言葉です。工場で大量生産されるような数多ある部品の一つではなく、作者(神)が想いを込め、世界に一つだけの存在としてつくられた作品、それが私たち人間だ、と聖書は語るのです。そして、そのような私たち一人ひとりに、神は特別な人生の計画を備えてくださっています。
この特別な人生の計画を知るためにはどうすればよいのでしょうか。聖書は、ただ「イエス・キリストを救い主として信じ、告白すること」がその入口だと語っています。
もし、自分の価値に思い悩んでおられるなら、ぜひ一度教会の扉を叩いてみてください。一緒に聖書を読み、神が私たちに用意しておられる特別な計画についてともに学んでみませんか。
*聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
(2025年 通巻504号)




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