「失われた30年」
- Masato Ujiie
- 4 日前
- 読了時間: 2分
バブル崩壊後の低成長が続いた日本の不況は、「失われた30年」と呼ばれています。今から30年前の1995年には、阪神淡路大震災、オウム地下鉄サリン事件がありました。2001年のアメリカ同時多発テロ事件、2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災、2020年からのコロナ禍と、災害や事件は続いていきます。
筆者は昨年、神戸を訪れた際、震災の遺構を見る機会がありました。街はきれいになりましたが、30年経っても忘れてはならないことがあると思いました。一方で、思い出したくないという方がおられるかもしれません。「神がいるのなら、なぜこのような不幸なことが起こるのか」と、つぶやくことがあります。
旧約聖書「ヨブ記」の主人公ヨブは、次々と不幸に見舞われます。略奪や天災で財産をすべて失い、10人の子ども達全員を災害で亡くします。自分自身も体中に悪性の腫物ができ、痛み苦しみます。
~このようなことがあった後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日を呪った。ヨブは言った。私が生まれた日は滅び失せよ。「男の子が胎に宿った」と告げられたその夜も。~ (ヨブ記 3章1~3節)*
ここまでの深い嘆き悲しみは、私たちの想像を絶します。ヨブはさらにお見舞いに来た友人たちから散々責められますが、神の沈黙は続きます。答えのない苦しみです。「ヨブ記」の終盤、神への叫びが絶頂に達した時、ついに神が沈黙を破って語り出します。なぜ不幸が起こるのかいう問いへの、直接的な答えはありませんでした。しかし全能の神から言葉を与えられたヨブは、どん底から回復していきます。
生きている中で、自分では意味が分からないことも起こります。あの苦しみにはどんな意味があったのか、30年経っても理解できるとは限りません。しかし終わりの時には完全に知ることになる、と聖書は語ります。全知全能の神から見ると、意味は失われていないのです。キリスト教会には、希望に満ちた言葉があります。神の言葉が語られている教会へ、ぜひお越しください。
*聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
(2025年 通巻496号)
Commentaires